
狐白軒(こはくけん)吉田道呼さんのものづくり
宝塚の緑豊かな郊外、つつじヶ丘の住宅地にひっそりと佇む「狐白軒(こはくけん)」。ここで、暮らしの延長線上にあるようなかたちで、ぽん酢を手づくりしているのが、吉田道呼(よしだ みちこ)さんです。
「一滴の豊かさ。一滴の幸せ。」
その言葉の通り、吉田さんのぽん酢は、ひと口の余韻が心に残る味。添加物や保存料は一切使わず、出汁と素材の良さだけで仕上げた自然な美味しさが、食卓をそっと満たしてくれます。
茶と禅、家庭料理の中で育った味覚
吉田さんは鳥取で生まれ、茶道具店の家系である父と、禅寺の娘である母のもとで育ちました。幼い頃から家の食卓には、季節の食材を活かした家庭料理が並び、「素材の味を大切にすること」が、特別ではなく日常としてありました。その感覚は、やがて「本当においしいものとは何か」を考える土台となっていきます。
市販の食品に違和感を覚えるほど味覚が敏感だった吉田さんは、外食を重ねる中で、自分が心から納得できる味を探すようになります。そして、ある一軒の店との出会いが、その後の人生を大きく動かしました。
味の原点は、ふぐ料理店の感動
社会人になって間もない頃、吉田さんは、あるふぐ料理店で出会ったぽん酢に心を奪われます。
「ふぐよりも、ぽん酢の味に感動した」
そう語るほど、その体験は鮮烈でした。
その後、大阪の乾物店の女将との出会いをきっかけに、出汁の奥深さ、素材の力を本格的に学ぶことになります。
天然の羅臼昆布と本枯れ節から、丁寧に引く一番出汁。この出汁こそが、狐白軒のぽん酢の“芯”となる味。
出汁を主役に据えることで、ぽん酢は単なる調味料ではなく、滋味深く、飲み干したくなるような味わいへと昇華していきました。
伝統を大切に、素材と向き合う
狐白軒のぽん酢づくりには、吉田さんが何より大切にしている三つの軸があります。
1. 一番出汁へのこだわり
天然羅臼昆布と本枯れ節から引く、澄んだ旨みの出汁。
2. 国産柑橘果汁のフレッシュな香り
果汁の香りが素材を引き立て、上品な酸味を添えます。
3. 添加物・保存料を使わない自然な味
素材の力だけで仕上げた、身体にもやさしいぽん酢。
この三つが重なり合うことで、狐白軒のぽん酢は「飲みたいぽん酢」と評されるほど、最後の一滴まで楽しめる味になります。
ぽん酢が導く「残さない食卓」
吉田さんが目指しているのは、「食事を残させないぽん酢」。
素材の味を引き出すことで、食べることへの気持ちを自然と前向きにし、無理なく、きれいに食べきれる食卓をつくります。
実際にこのぽん酢を使った方からは、
「おいしくて、最後の一滴まで飲んでしまった」
「食欲がない日でも、これがあれば食事ができる」
といった声が寄せられています。
ぽん酢が一本あるだけで、食卓の空気が変わり、食事の時間が少し豊かになる。そんな力を、このぽん酢は持っています。
取材インタビュー
ここからは、吉田さんへのインタビュー内容をお届けします。
一番出汁を中心にしたぽん酢づくりの最大のこだわりを教えてください。



私の一番のこだわりは、機械化せず、手作りであり続けること
そして季節によって味を変えることです。
昆布と鰹節で出汁を引く。
毎回、同じ手順で、同じように仕込みます。
それでも、出汁の表情は決して同じではなくて、昆布の香りが力強くたつ日があれば驚くほど静かな日もある。
鰹節もしかりでその都度、味の出方が違います。
以前は、その違いを「自分の腕が未熟だから」「仕入れの見極めが甘いから」と責めていました。
けれど、出汁を引くことを重ねるうちに、天然素材の持ち味で、自然の恵みそのものなのだと思うようになりました。
味を一定に保とうとすれば、機械化や添加物という選択肢もあります。勧められて実際に悩んだこともあります。それでも、その時々の素材が持つ個性や変化こそ、私が大切にしたいものだと気づきました。
たとえば、暑い夏は疲れやすい季節。
クエン酸効果のある果汁酢をやや多めに。
一方、身体が冷えやすい冬は、出汁・みりん・醤油・追い鰹をしっかり効かせ、コクのある返しにします。
季節の移ろいと、食べる人の体調を思い浮かべながら、
その時いちばん良い状態でお届けすること。
それが、手作りであり続ける理由であり、添加物に頼らないぽん酢作りの醍醐味だと思っています。
ふぐ料理店で出会った味と、現在のぽん酢で最も違う点はどこだと思いますか?
もう30年ほど前になります。
食べ歩きが趣味だった頃、大阪・日本橋のふぐ料理店で食べたてっさに添えられていたぽん酢が、とても美味しく、強く記憶に残りました。
その味を求めて何年も探し続け、出会ったのが、大阪・千林の乾物屋の女将さんから教わった出汁と、その出汁を使ったぽん酢でした。
ひと口味わった瞬間、
「あ、これだ」
と、あのふぐ料理店のぽん酢と同じ味だと感じ、深く感動しました。
そこから作り方を教えていただいたことが、私のぽん酢作りの始まりです。
当時のぽん酢は、舌が覚えていた、忘れられなかった味でした。
今のぽん酢は、自分の手で向き合い、育てていく味になっています。
原点は変わらず大切にしながら、今は暮らしや季節、素材と向き合い続ける中で、味を育てています。
「残さない食卓」という言葉に込めた想いを詳しく聞かせてください。
「残さない食事」という言葉は、あるお客様の言葉がきっかけでした。
「このぽん酢、美味しいからいつも最後の一滴まで飲み干しています」
本当に小さなことですが、その一言を聞いたとき、
これは食品ロスにつながることなのではないかと感じたのです。
日本では、食品メーカーよりも家庭から出る食品廃棄物の方が多いと言われています。その話を聞いたときは、正直ショックでした。
実際に、まだ食べられるものが捨てられている場面を目にし、とてつもなく悲しくなったこともあります。
そんな中で、
「美味しいから、残さなかった」
という言葉に、心から救われました。
美味しいものは、人は自然と残さない。「残さない食事」とは、我慢や意識の高さの問題ではなく、美味しさの結果なのだと思います。
だから私は、「残さないから美味しい」ではなく、「美味しいから残らない」ものを届けたい。微力だけど食品ロスから地球環境にもお役に立てたら、そう思いながら、ぽん酢を作り続けています。
日常の料理の中で、吉田さん自身が一番好きなぽん酢の使い方は何ですか?
いちばん好きなのは、季節の野菜を、そのまま味わう使い方です。
このぽん酢は、出汁の旨みで素材の味を引き立てるので、野菜がいちばん美味しいと感じます。
たとえば今の季節なら春菊。生で、蒸して、さっとソテーして。基本はぽん酢だけで十分です。
少し足したいときは、オリーブオイルや紫蘇油、わさびオイル、塩・胡椒、黒七味、ナッツなどを少々。その日の体調や気分で、足し引きします。(こうした調味料は、縁市さんに素敵なものが揃っていますね)
揚げ物にもよく使います。アジフライや唐揚げ、水餃子など、油のある料理を、ぽん酢が軽くしてくれます。
あとは、マスカルポーネを豆腐に見立てて、ぽん酢・ねぎ・鰹節をかける食べ方もおすすめです。
特別な料理より、その日の冷蔵庫、その日の身体。ぽん酢は、そんな日常に寄り添う存在であってほしいと思っています。
ぽん酢を初めて使う方に向けたアドバイスはありますか?
まずは、添加物が一切入っていない後味の良さを、舌で覚えてみてください。
難しい使い方や、特別な料理は必要ありません。ひと口食べたあと、口の中に何が残るか。重さが残らず、すっと引いていく感覚を感じていただけたら嬉しいです。
その感覚が分かるようになると、使う量や料理との付き合い方も、自然に分かってきます。
ぽん酢は、料理を決めつける調味料ではなく、食べる人の身体に寄り添うもの。まずは、舌で覚えるところから始めてみてください。
丁寧に、心を込めて
一本ずつ、丁寧に手づくりされる狐白軒のぽん酢。それは単なる調味料ではなく、吉田さんの暮らしそのものが詰まった一本です。
素材と向き合い、和の文化と向き合い、日々の積み重ねの中で生まれた味。
吉田道呼さんのぽん酢は、和の身体感覚と素材への敬意から生まれた、豊かな味。
一滴一滴に季節の香りが宿り、食卓の一皿を、そっと支える“縁(えにし)”となる、そんなぽん酢です。
